パンツァネッラ

パンツァネッラという食べ物がある。トスカーナ料理の一種だが、簡単に言うと貧乏人の食べ物である。いや、貧乏くさい気分を味わう食べ物といったほうが適切か。初めて見たとき、本当に驚いた記憶がある。

かれこれ20年近く前だろうか。フィレンツェに住み始めたころである。同居人にフィオレンティー二姉弟がいて、その姉の方をチンツイアといい、その子持ち別居中の彼女が、わたしの目の前で古くなり乾燥して石のように固くなったパンを水に漬けだした。ぶよぶよにふやけたパンの水を手で絞りつつ、ぐちゃぐちゃにほぐしだしたところから、この料理が始まる。料理というよりは一種のサラダだ。

トスカーナのパンはまずい。少なくとも私はおいしいと感じたことがない。ぱさぱさで塩が入っていないなんとも味気のないパンは、トスカーナ料理のこってり脂っこい重たい料理に合うようになっているのだと聞いたことがある。 ツインツィアは本当に生粋のフィオレンティーナだと思うが、彼女は基本的に何も捨てない。どんなごみでも取っておく印象さえあった。口癖は「Non butta niente」(何も捨てない=なんでも利用価値がある)であった。私は前に一度、手違いで既に部分的にかけていた古い皿を割ってしまったことがあった。見るからに安っぽい皿は7~8ピースぐらいにバラバラ破片になったので、ごみ箱に捨てたのだが、翌日それが修復されて机の上に載っているのを見て面食らったものだ。当然食べられないほど固くなったパンは、食べられるようにして食べるものなのだ。

手でびちゃびちゃにほぐしたパンは水分を極限まで絞られ、パラパラとサラダに混ぜられる。この水を含んだパンの触感が重要なのである。サラダは普通の長トマトに赤玉ねぎ、にんじんのすったのと数種のサラダ菜、ルーコラなどあるものを入れ、そのパンかすが入ることによってパンツァネッラとなるのだった。オリーブ油とバルサミコ酢と塩を入れてべっとりするまで混ぜ続ける。私は生活に窮するとこれを食べて懐かしむくせがある。サラダなのにパンが入っているせいで夕食はこれだけでおなか一杯になる。実は見た目とは関係なく、結構美味しいのだ。 Milano 2007

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