「Chiamata persa」(取り損ねた電話) 解説


Chiamataとは電話が鳴ることである。2007~2008年モデナ方面に、グループ展の打ち合わせのため評論家のルーカ・パナロに会いに行った頃のものである。散歩途中、古い屋敷の入口に立っていた彫像の首が無かったので撮影、それから通りがかった野外のアンティーク市で、古い椅子、テーブルの上にのっていた懐かしい電話機ともども撮影。頭部が無ければ電話に出られないのは当然のことである。冗談のような軽めの作品である。


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